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礼拝メッセージ
8月2日「罪と戦って」
マルコによる福音書9章42-50節(新共同訳P.80 口語訳P.67) 主イエスは他者をつまずかせる罪の深刻さを指摘し、身を切る決意で罪やこの世の因習を断ち切るよう求められます。私たちは自らの内にある罪を直視して告白し、神の恵みによって「契約の塩」で... -
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7月26日「すべての人に仕える者」
マルコによる福音書9章33–41節(新共同訳P.79 口語訳P.66) 「だれがいちばん偉いか」と実績を誇る弟子たちに対し、主イエスは「すべての人に仕える者」となるよう求められます。自力で救いを獲得しようとする「古い自我」を十字架の前に捨て去りましょ... -
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7月19日「祈りによらなければ」
マルコによる福音書9章14–29節(新共同訳P.78 口語訳p.66) 主イエスは、自分の実績や経験に頼り、神への信頼を失っていた弟子たちの不信仰を指摘されます。私たちは傷つくまいと無意識に不信仰の防衛線を張りますが、必要なのは自らの無力さを認め、誇... -
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7月12日「はっきり見えるように」
マルコによる福音書8章22–26節(新共同訳P.77 口語訳P.64) 創立117年を迎えた私たちの教会が傷や痛みの回復に長い年月を要したように、主はベトサイダの盲人をあえて段階的に癒やされました。「人が木のようだ」と不完全な現状を正直に告白した時、主... -
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7月5日「愛の実践を伴う信仰」
マルコによる福音書8章14–21節(新共同訳P.77 口語訳P.64) 弟子たちはパンを忘れてうろたえ、主の警告の真意を悟らずに責任を押し付け合いました。主が戒められた「ファリサイ派の人々やヘロデのパン種」とは、自らの保身によって神の言葉を歪め、愛の... -
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6月28日「約束に従って」
マルコによる福音書6章14–29節(新共同訳P.71 口語訳P.60) かつてガリラヤの領主ヘロデは自らの見栄と体裁を守るため、正しい聖なる人であった洗礼者ヨハネの首をはねさせました。しかし、無残な遺体を引き取り墓に葬った弟子たちの姿や、昭和の戦時下... -
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6月21日「神の言葉を聞こう」
マルコによる福音書6章1–13節(新共同訳P.71 口語訳P.59) かつてナザレの人々はイエスを身近な大工という人間の枠に閉じ込め、不信仰ゆえに神の恵みを拒みました。他方で後に使徒が遣わされたローマ世界では異邦人である地方総督が御言葉に耳を傾けて... -
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6月14日「自分の家族のもとに」
マルコによる福音書5章1–20節(新共同訳P.69 口語訳P.57) ガリラヤ湖を渡った異邦人の地で主イエスは悪霊と孤独に苦しむ男を救われました。ついて行くことを願う男に対し、イエスは家に帰り身内の者たちへ主の憐れみを知らせるように命じて送り返され... -
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6月7日「無学な普通の人」
マルコによる福音書 1章29–39節(新共同訳P.62 口語訳P.52) 主イエスは弟子たちを伴い病の癒やしや宣教に奔走されますが、常に祈りの中で御父からの使命を見つめ直しておられました。後に弟子たちは聖霊に満たされて、「イエスと一緒にいた者」として...
