ヨハネによる福音書15章1-11節(新共同訳P.198 口語訳P.166)
主イエスはご自身を「ぶどうの木」、父なる神を「農夫」にたとえられました。枝が豊かに実を結ぶために農夫が枝に対して行う手入れ(剪定)は私たちにとって苦難を伴う試練ですが、御父は聖化の恵みとして実を結ばない枝を取り除いてくださいます。
枝である私たちが豊かに実を結ぶためにはぶどうの木であるキリストに繋がり、混じりけのない霊の乳すなわち御言葉を飲み続けることが不可欠です。神のものとされた民として主の愛に留まり、豊かに実を結ぶ私たちはキリストの喜びで満たされて歩みましょう。
