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礼拝メッセージ
2月15日「なぜ怖がるのか」
マルコによる福音書4章35ー41節(新共同訳P.68 口語訳P.57) 本日はホーリネスの群問安としてホ群委員長の原田彰久師が礼拝説教をしてくださいました。感謝です。 イエスは、私たちをこの礼拝の場から、「向こう岸に渡ろう」と日常の生活に送り... -
礼拝メッセージ
2月8日「罪を赦す権威」
マルコによる福音書2章1-12節(新共同訳P.63 口語訳P.53) 中風の人を担いだ4人は群衆に阻まれても諦めず、屋根を剥がして病人を主の前に吊り降ろしました。主はその熱い信仰と愛を見て、この人に「罪の赦し」を宣言すると彼は自ら床を担いで歩き出しま... -
礼拝メッセージ
2月1日「種を蒔く人」
マルコによる福音書4章1-9節(新共同訳P.66 口語訳P.55) キリストの救いの言葉は全ての人に蒔かれますが、世の思い煩いや欲望という「茨」が塞いでしまうことがあります。良い土地とは農夫である神によって耕された心であり、主は時に試練という冬の寒... -
礼拝メッセージ
1月25日「権威ある新しい教え」
マルコによる福音書1章21-28節(新共同訳P.62 口語訳P.51) 安息日に会堂で教えた主イエスは神の権威を示されました。私たちが「主の日」に礼拝を守るのは、復活の主への愛と感謝の応答です。 カファルナウムの会堂にいた汚れた霊に取りつかれた男は... -
礼拝メッセージ
1月18日「目からうろこ」
マルコによる福音書1章14-20節(新共同訳P.61 口語訳P.51) 弟子たちは主との出会いを通じ、それまでの思い込みという「うろこ」を落とされ、イエスこそ真のメシアであると悟りました。迫害者パウロも主の光に打たれて独善のうろこが落ち、伝道者へと変... -
礼拝メッセージ
1月11日「神の証し」
マルコによる福音書1章9-11節(新共同訳P.61 口語訳P.51) 主イエスがヨルダン川で受けられた洗礼は、神の子が罪人と同じ列に立つ徹底したへりくだりの姿でした。天が裂けた事実は、十字架の贖いによって神と人を隔てる壁が取り払われたことを示してい... -
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1月4日「神に喜んでいただくため」
ルカによる福音書2章41-52節(新共同訳P.104 口語訳P.87) 少年時代の主イエスは神の子としての特権を振りかざすことなく、全き人として両親や社会の秩序に従って歩まれました。天の父との絆を自覚しつつもあえて地上の両親に仕える道を選ばれたのは、... -
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1月1日「岩を土台として」
マタイによる福音書7章24-27節(新共同訳P.12 口語訳P.10) 岩を土台として自分の家を建てるとは、聖書を単なる知識ではなく生活の規範として聞き、行うことです。自己中心や誇りという砂を悔い改めによって深く掘り下げ、揺るがないキリストの上に人生... -
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12月28日「諸国の民の栄光と誉れ」
マタイによる福音書2章1-12節(新共同訳P.2 口語訳P.2) 東方の学者たちは異邦人でありながら、星に導かれて救い主に出会い、「黄金、乳香、没薬」という尊い捧げものをしました。これは、私たち異邦人が神の救いに招かれることの「初穂」、最初の実り...
