ヨハネ福音書3章1―21節(新共同訳p.167 口語訳p.138)
1.「『はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。・・はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。』」
新生についての教え1-8。
ニコデモは夜にイエスを訪ねます。今さら聞けない、神が共にいる(インマヌエル)真理について問いました。「新たに生まれなければ、神の国(罪の赦しと永遠の命)に入ることはできない」との答えに、霊の目が曇ったままに、肉の理解で返答します。信仰者は、水(洗礼)と霊(神の力)によって新しい命に生きるのです。救いの恵みは、風を捉えるのに似て説明できず、体感する永遠の命を生きる喜びです。罪の赦しは十字架のイエスを見上げて義とされ、神の子(養子)とされた者は御子と共に神の国を相続します。
2.「『神は、独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。』」
義認についての教え9-21。
被造物、肉なる者に自らを義とする能力はありません。創造者の御心を尋ねる砕かれた魂が、言の真理を捉えます。16節以下もキリストの宣言です。御子は御父と共に世を愛されました。それで天の御座から地に降り、栄光の体の上に肉をまとい、処女マリアの胎を借り誕生されました。しかも、贖いの子羊として十字架にかかられました。御子は罪人の救い(イエス)となるために来られたのです。それは、御子を信じる者が誰一人も裁かれることなく、永遠の命を得るためです。光は世に来ました。暗闇(悪行)は光をより遠ざけ、真理(善行)はより近くに来ます。
