使徒言行録13章1節―12節(新共同訳p.237 口語訳p.202)
今日から13章に入ります。13章からは、パウロの活動が記されています。でも第一回伝道旅行の出発の時には、パウロが中心ではなくて、バルナバが中心でした。そしてその伝道旅行は、アンティオキア教会が捧げていた礼拝と祈りとの中で、聖霊に示されて、パウロとバルナバが外地伝道に任命されて、開始されたのです。つまり、第一次伝道旅行を行うことや、誰を伝道旅行に遣わすかは、聖霊が、つまりは神が、アンティオキア教会にお命じになったことなのです。だからこそ、アンティオキア教会は3節に記されている通り、「断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させ」たのです。これは教会が神の示しを受け入れて、それに従ったということです。手を置くことを「按手」と言います。それは教会がある人を、ある務めに立てるということです。つまりバルナバとサウロは、アンティオキア教会によって正式に立てられて、伝道へと派遣されたのです。ホーリネスの群れでは、ホ群の全教会が、東京聖書学校を卒業して、補教師、正教師試験を合格する手順を踏んだ人を、伝道者、あるいは牧者として正式に立てて、伝道へと派遣しているのです。その証拠に、ホ群年会では毎年派遣式が行われています。此処で覚えておく必要があるのは、ホ群に属する教会は、ホ群教会の群れに属している教会であることを意識しなければならないということです。ホ群教会は、監督制でした。だからこそ日本基督教団に加盟した時、ホ群教会全体で加盟したのです。個教会それぞれが、日本基督教団に加盟したのではないのです。そうなったのは、ホ群の全教会が祈って、共に礼拝していた年会の中で、聖霊の導きによってそうなったのです。その導きに従うのが、神の僕である私たちの道筋です。3節の「出発させた」という言葉は、「派遣した、解放した、解き放った」そう訳すことが出来ます。つまり、アンティオキア教会は二人を、外地伝道のために解き放ったのです。アンティオキア教会は、自分たちの教会でずっと伝道を続けていって欲しいと願っていたはずです。でも、アンティオキア教会は、神がお示しになった伝道の計画に従って、自分たちにとって大切な指導者たちを、伝道旅行へと解き放ったのです。そういう犠牲をアンティオキア教会が払ったから、第一次~第三次伝道旅行が行われて、地中海世界の各地に、教会が生まれていったのです。そのことを私たちは忘れてはいけません。聖霊によって生き生きと生かされている教会は、主イエスの救いが前進していくために、常に犠牲を払っていく姿勢を持っているのです。自分たちの居心地の良さを守ることばかりを考えているような教会は、聖霊の働きを失った、抜け殻のような教会です。自分たちの居心地心の良さを犠牲にしてでも、バルナバとパウロを、解き放ったアンティオキア教会の姿勢を、私たちも受け継いでいきたいと思います。私を含め、米子教会の皆さんが、今まで以上にそうなっていってこそ、神の栄光を現す教会となっていくのです。
