ヨハネによる福音書6章41―59節 コリントの信徒への手紙Ⅰ 11章23―26節(新共同訳p.176,314 口語訳p.146,269
1.「すなわち、主イエスは渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、『これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。」
使徒パウロは、聖餐式の恵みを教会の霊の交わりとして捉えます。十字架の贖いを記念するパンと杯(聖礼典)は、キリストの体である教会に差し出された永遠の命であって、私たちは週毎に月毎に年毎に十字架の救いを記念しつつ、永遠の命に生きています。
2.「『わたしは、天から降ってきた生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。』」
主イエスは私たちが聖餐式のパンと杯に与ることを喜び、永遠の命のしるしだと約束されます。見えるパンと杯は、見えない永遠の命となって私たちを生かしています。
3.「『わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。』」
聖餐式のパンと杯に与る信仰者は、最後の審判の時を平安の内に迎えることが出来ます。なぜなら、その日に教会はキリストの花嫁として招かれるからです。私たちは永遠の命(愛、喜び、平和)に生かされると共に、教会(共同体)も霊の交わりに満ちるよう、復活の希望を捉えたいと思います。
