5月25日「祈るときにも」

マタイによる福音書6章1―15節(新共同訳p.9 口語訳p.7)

1.愛のわざに励みつつ

 山上の説教は主イエスがガリラヤ地方の行く先々で説かれた教えの説教集です。5章には「あなたがたも聞いているとおり」と人々が信仰的に正しいとしてきたことが人間の因習に過ぎないと指摘されています。

 神ではなく人の為に善いことを主イエスは偽善と呼ばれています。愛のわざに励みつつ主の再臨を待つのですから、教会も一人ひとりも世の人の目ではなく天の父の目にかなうように歩みます。

 

2.祭司としての祈り

 イエス一門の弟子であるしるしとして与えられた祈りは使徒たちから教会へと受け継がれ、私たちも「主の祈り」として祈ります。「我らの父よ」と「私」ではなく「私たち」がささげる祈りは、互いに執り成し罪を赦すための祭司としての祈りです。

 この祈りを授けてくださったキリストが私たちの身代わりとなって罪を贖ってくださいました。主が大祭司として執り成してくださるので、私たちは神に近づくことができたのです。

目次