マタイによる福音書1章18―25節(新共同訳p.1 口語訳p.1)
1.「『母マリアはヨセフと婚約していたが・・「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。」』」
神の御子は、母マリアの胎内に聖霊を種として宿りこの世に降られました。夫ヨセフは律法に忠実な正しい人ですが、婚約者の妻を思い計り表ざたにせず、秘かに離縁状を渡して帰そうと決心しました。すると、夢の中に天使が現れ「マリアの胎の子は聖霊によって宿った」と告げられたのです。それは母マリアの子が聖(神)でありダビデの子(王の系図)として生まれるためでした。
2.「『「マリアは男の子を生む。その子の名をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」』」
そして、マリア懐妊の理由が主の天使から告げられます、ルカ1:35。母マリアが産む子はイエスと名付けられ、イスラエルの民を罪(裁きと滅び)から解放する救いの角(主)となるからです、ルカ1:69。私たちは自分で自分を救うことはできません。神の律法に背き続けたイスラエル民族には、尚更外からの救いが求められます。
3.「『「見よ、おとめが身ごもって男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる」この名は「神は我々と共におられる」という意味である。』
母マリアから生まれる男の子は、聖書に約束された御子であって、インマヌエルと呼ばれます、イザヤ7:14。私たちのいついかなる時も共におられる神だとの宣言です。その見えるしるしがイエス・キリストです。私たちはキリストにあって万事を益として生きていく、また生かされていく「自分の民」です。
ヨセフは夢から覚めると、天使が命じたとおり妻マリアを迎え入れ、結婚の儀を執り行いました。
