9月22日「二重の御手に守られて」

ヨハネ福音書10章22―42節(新共同訳p.187 口語訳p.156)

1.「『わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。だれも父の手から奪うことはできない。わたしと父とは一つである。』」

 羊が羊飼いの声を聞いて従うのは、個々に名前で呼び永遠の命に至るよう導いてくださるからです。「与える」は未来に受ける約束ではなく、今信じる者に与えられ、また開始される命です。この永遠の命は、羊のために命を捨てられた御子の手と唯一絶対の権威者である父の御手で二重に守られていて、敵対者の悪魔も引き離すことはできないのです、ロ-マ8:35-39。

2.「『もし父の業を行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じなさい。』」

神から遣わされた者が真理であるか否かは、彼の言葉が実現するか否かで証言されます、9:32-33。神から遣わされた者は神の僕たちと呼ばれます、詩編82:6。生まれつきの盲人が今は見える事実によって、イエスは神の子なのです。

3.「『ヨハネは何のしるしも行わなかったが、彼がこの方について話したことは、すべて本当だった。』」

バプテスマのヨハネは民衆をキリストに向かわせる声、指し示す指です。預言者の使命はキリストを紹介することであって、人々の目から消えることをも喜びます。一方、御言葉は消えることも滅びることもないのです。

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