使徒言行録16章6―15節(新共同訳p.245口語訳p.208)
パウロはテモテとの出会いに力づけられて、第二回伝道旅行に希望を持つことが出来たのです。
そんなパウロは、6節に記されている通り、アジア州(具体的には、その中心都市であったエフェソ)に行って、伝道をすることを計画していたのです。でも、聖霊に禁じられて、ビティニア州に行こうとしたのです。でも、今度はイエスの霊が、それを許さなかったのです。
だからこそ、ミシア地方を通って、北の港町トロアスに下ったのです。つまり、パウロは二度も伝道計画を変更させられたのです。
でも、だからこそ、ガラテヤ地方を通ることになって、今日残されている「ガラテヤの信徒への手紙」が書き送られた教会が、生まれたのです。ガラテヤの信徒への手紙4章13節―14節に記されている通り、第二回伝道旅行の最中、パウロの体が弱くなったからこそ、伝道計画を変更せざるを得なくなったのです。それが、聖霊や、イエスの霊によって禁じられた内容だったのです。
聖霊の導きや、イエスの霊の導きが、瞬時に分かることもあるかもしれません。でも、多くの場合、後になってこそ分かるのです。
とにかく、今日の箇所が言いたいことは、人間の計画や思いは、その通りにはならずに、神のみ旨がなったということです。
でもそれが、パウロにとっての大きな苦しみであり、挫折だったのです。私たちの人生でも、自分の計画が、その通りにならないことが必ずあるのです。たとえ嫌な気分になったとしても、計画を変更せざるを得なくなるなんてことがあるのです。ましてや、パウロの場合、自分のための計画ではなかったのです。神の栄光が現れるための計画だったのです。それが妨げられて、出来なくなったのです。
大きな苦しみを負ったパウロは、港町トロアスに着いたある夜、9節の幻を見たのです。その時初めて、自分の伝道計画が、上手くいかなかった意味や、自分の思っていた計画を何回も変更しなければならなかった意味を悟ったのです。
そういった事実から、私たちが学ばなければならないことがあります。
それは、自分の計画が妨げられる苦しみや挫折に出会ったとしても、やけを起したり、絶望したりしてはいけないということです。
たとえ自分にとって不本意な道であったとしても、御心を求めながら歩み続けるならば、神の思いがけない御心に気づかされる時が必ずくるのです。そして、その道こそが、私たちにとって最善の道なのです。そのことを心に留めて、今週一週間、皆さんと共に歩んでいければと心から願っています。
