マタイによる福音書16章13―28節(新共同訳p.31 口語訳p.26)
1.「『あなたはメシア、生ける神の子です。』・『シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。・あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会をたてる。・わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。』」
私たちの教会は日本基督教団信仰告白を土台として、キリストの体として建てられています。キリストは私たちを罪から救う唯一の救い主です。キリスト・イエスは救いの門であって、信仰告白によってキリストの体である教会に加えられ、聖礼典によってキリストの命に生きていることを確かにしています。「生ける神の子、キリストです」との信仰告白は永遠の命であり、御国の世継ぎとしての約束です。
2.「『主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。』・『サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。』」
ペトロはイエスの御心を思い描くことをせず、自分に都合のいい僕であるイエス像を描いています。世の救いは御子の受難によって完成すると聞かされても、受け付けません。イエスの行く道に立ちふさがり、腕を引っ張り、何といさめ始めたのでした。私たちは自分の側の思いを訴え出ますが、イエスの側から捉えてみることがあるでしょうか。
3.「『わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。・はっきり言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、人の子がその国と共に来るまでは、決して死なない者がいる。』」
再臨の主は、私たちが死んで陰府から甦らされた魂としてではなく、明らかに今生きている弟子として迎えることを期待されます。それに適う条件は、自分を捨て、自分の十字架を背負ってイエスに服従しているかです。厳しく感じますか。自分の命は永遠の祝福のもとにあるのか、それとも永遠の滅びかを選択するのは私なのです。主イエスはあなたの信仰は立派であると宣言したいのです。
