マタイによる福音書13章24-43節(新共同訳P.25 口語訳P.21)
主イエスが語られた「毒麦のたとえ」は、この世に悪がはびこる中で、神が忍耐深く見守っておられることを教えています。僕たちが「毒麦を抜き集めましょうか」と申し出たのに対し、主人は「麦まで抜くかもしれない」と制止されました。
悪は必ず裁かれますが、正しい者を傷つけることを望まれない神の深い愛と忍耐が示されます。最終的な裁きは神のものであり、私たちは誰が麦で誰が毒麦かを見分けることはできないのです。
主は私たちが真に悔い改めて救われることを願い、忍耐し続けてくださいます。私たちは主の忍耐と慰めのうちにきよめと癒しをいだきつつ、再臨と栄化の恵みを忍耐して待ち望むのです。
